つらつらと僕の気に入ったところのメモメモ。
感想とかではないです
少しネタバレになるかも知れないので読んでない人は読まないほうがいいかも?
僕はここに弁当を届けたことがあるんですよ
と私は言った。
驚いたことに彼女はその時のことを覚えていた。
代金を渡した時、あなたの手がとても冷たかったのを覚えています
あれが初めてお弁当を宅配してもらった日だったのですが、それきり宅配を頼むのはやめてしまいました。
あの手がとても冷たくて、可哀想でしたから
そう言って彼女はすまなそうに笑った。
君、名前は?
武藤と言います
いま、ためらったね。どうしてためらったの
天城さんは言った。
そうですか?
私はそ知らぬふりをして言った
まあいい。これからもよろしく
と言い、闇を塗り込めたような小箱を手元に引き寄せた。
私も長く大学にいた。あんまり長く居座ったんで、しまいにはおいだされた。あの頃が一番楽しかったような気もするし、あの頃はあの頃で不愉快だったような気もする。よくわからないものだね。
私は黙って聞いていた。へたに口を開くと、抜け出せない会話の迷宮へずるずると引きずりこまれそうな気がした。天城さんが人の話をききたがるのもおかしい。天城さんは私がするような世間話に興味があるのではない。漠然と何かほかのものに興味があるのだと思った。
いま、こうして京都に戻ってきてみると、とても落ち着いているのです。東京にいる頃はいつも怖がっていたのです。他の人たちにも慣れてゆくのだから、 いずれ私も慣れることができると思っていたのですけれど、どうしてもその怖さがなくならなかったのです。いつも胸が痛いぐらいドキドキしていました。やはりむいていなかったのです。
夜遅くに一人でおきていて、なんだか、わけもなく怖くなることがありませんか
ときどき、あります
朝になれば、なぜあんなに不安だったのかわからなくなるでしょう。それと同じなのです。東京はいつも夜なのです
彼女は言った。
布団が二人の体温で暖かくなり、柔らかくなった。私は彼女の額に自分の額を押しつけた。彼女は前髪の隙間から見上げるように私を見た。彼女の冷たい頬に唇を当てて、彼女の匂いを嗅いだ。彼女の不機嫌の石がようやく溶けた。